世界のすみっこでネバーランド

あれをやらねば、これもやらねば、でも遊びたい。大人になれない母親のちっぽけなネバーランドの記録です。現在小学3年生(8歳)、幼稚園年中(4歳)、1歳児の育児に奮闘中。

カテゴリ:病気 > 顔面神経麻痺

前回の続きです。

入院後数日は悪化していった顔面神経麻痺。入院中はステロイドを点滴するも1ミリも良くならずに、退院を迎えることになりました。
 
でも、今思うと入院中にも良くなる兆しがありました。退院する数日前ごろから、口元から耳の下あたりにかけてがムズムズしたんです。ちょうどミミズが皮膚の中を這っているみたいな。
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再び顔が動き出す前にこの感覚を経験する人が結構多いらしく、回復の兆しだとネットの色々なところで読んでいたから期待大でした。(実際はそれから1カ月くらいはほとんど顔が動かなかったんですが・・・)
 
身体を直すのが先決と夫と実母の強い勧めで、退院後娘の授乳はやめました。生後8カ月だったので、しばらくはミルクを飲んでいましたが、すぐに寝る前にフォローアップミルクをストローで飲むように。
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麻痺の方はというと、1カ月ほどかけてじわじわと治っていく感じでした。味覚が少しずつ戻り、口が動くようになり、目が閉じるようになるという順番で。今でも、少し後遺症はあって、口うを強く閉じると麻痺してた側の目が連動して少し閉じてしまう。ご飯を食べていると麻痺側の目から涙が勝手に出てきてしまう(唾液と連動してるんでしょうか)。

あとこの病気をして、ハッキリと分かったことがあります。

いつまでも若くない!

疲れたと思ったら、休むこと!

家事なんてちゃんとできてなくたって構わないんだっていう開き直りがすごく大切。
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私は昔から落ち着きがないから、これからもこのことはしっかり頭に入れておきたいと思います。 
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前回の続き
顔面神経麻痺にとって顔の左半分が動かなくなった私。
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目が半開きだから就寝中に乾燥するし、顔を洗うにもシャンプーをするにも目にしみる。その上味覚障害でご飯まで美味しくない。一人の時間を満喫してやろうと目論んでいた入院前とは裏腹に、最悪なスタートを切った入院生活。とにかく自分の顔の歪みが気になって気になって、マスクは人前では決して外さず、常に俯いて、とにかく笑わないように気をつけていました(前回も書きましたが、笑わずにいれば麻痺しているとは分からないのです)。

本来入院すべき病棟に空きがないとかで、産婦人科のベッドにいたのですが、同じ病室の人はみんな出産直後。可愛い可愛い赤ちゃんを抱っこしたり、初めてのオムツ替えをしたりと幸せそうな空気が流れているなか、どうして私だけが・・・、とそれはもう世界中の不幸を背負ったかのような悲劇のヒロインっぷり。
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当然カーテンも閉め切って過ごしていました。そんな中、私を救ってくれたのは、1日後に入院してきた女性です。彼女はやはり私と同じ顔面神経麻痺で入院してきたのですが、その性格が明るいことはカーテン越しにもわかりました。看護師さんや回診の先生と談笑する声がよく聞こえてくるのです。

私たちが仲良くなるのにはそう時間はかかりませんでした。彼女はよくカーテンを開け放っていたし、顔を合わせるとそれはもうとても素敵な挨拶をしてくれるので。そのうちに、私は会えば色々と話をするようになりました。最初はマスクをつけたままで。表情を変えるのも控えめに。・・・、と思ったけれども私も彼女も笑い上戸。おまけに彼女はいつも冗談ばかり言っている。

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私はいつでも笑わされてばかりいました。

彼女は私と違ってマスクをつけてはいませんでした。もちろん、彼女も顔面神経麻痺。麻痺だってほとんど同程度。物理的に言えば、笑った顔は私と同じくらいに歪んではいましたが、その笑顔は本当に魅力的でした。彼女の内面の明るさが内側から彼女の笑顔を照らしていたんだと思います。私も、彼女といるときだけは顔面神経麻痺のことなど全く気にすることなく過ごすことができて、食事だって向かい合わせで談笑しながら取れるようになりました(笑顔の次くらいに、食事中は顔が歪む)。もちろん、マスクを取って。

どんなにか救われたことか。私も、彼女のように内から輝いていたい。心から笑って人生を過ごしたい。こんなに素敵な人に出会えたんだもの、顔面神経麻痺で入院したのも悪くない、そう思えました。

それから、夫。悲劇のヒロインぶる私を穏やかに励ましてくれて、暇だろうからと毎朝会社に行く前に新聞を持ってきてくれ、私の話を聞いてくれました。そっと寄り添って、じっと話を聞いてくれるその態度が私を安心させてくれる。決して私の感情に流されることなく大きく受け止めてくれる。大丈夫、きっと治るよという言葉がどれだけ心強かったことか。変貌してしまった私に対して変に気を遣いすぎたりしない、それでいて、毎日忙しい中寄ってくれる愛情深さ。この人と結婚してよかったと心から思っています。

二人のおかげで私の心は元気を取り戻し、無事に上げ膳据え膳、主婦の夏休みを満喫したのでした。

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入院中は一番上のイラスト(昨日のブログに書いた症状の目が閉じない、味覚障害、食べにくさ、痛み)の状態からよくなる様子は微塵もなく、退院を迎えることとなります。次回、予後と後遺症について。最後です。
 
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前回の続きです。
顔面神経麻痺の診断を受けて総合病院に10日間入院することになった私。入院が必要な話を聞いた瞬間こそ不安に思ったもののすぐに立ち直り、一人の時間を満喫すべく思いを巡らせるのでした。
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しかし翌日、夢は打ち砕かれる。
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ギャグみたいな絵ですが、ふざけているわけでも、大げさに描いているわけでもありません!本当に、翌朝にはこんな顔の自分が鏡に映っていました。確かに、入院、治療をはじめても数日は悪化するよとは言われていましたが、こんなことになるとは思ってもみませんでした。

イラストで顔の右半分(向かって左側)が引きつっているので麻痺側に見えますが、実際は逆です。笑顔を作ろうとしているのに顔の左半分(向かって右半分)がピクリともしていない状態なんです。

麻痺しているというのがこんなにも恐ろしいことだなんて思いもしませんでした。それは単に動かないなんて生易しいものではなく、顔の左半分を失ったかのような。あるいは元から顔の左半分なんてなかったかのような。動かしたいけど動かせないというのとは全く違う。例えば、私たちに尻尾はないから、動かせないんじゃなくて、動かし方がわかりませんよね。そんな感覚なんです。
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問題なのは見た目だけではありませんでした。目が閉じないから眠る時も半目。当然目が乾燥します。眼帯をつけて寝たりもしましたが効果は薄いようで起きた時には猛烈に目が痛い。 
私が美女だったらなぁ、眼帯つけて決して笑わずに過ごしても(笑わなければ麻痺って分からない)絵になるんですがねぇ。
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 はぁ、美しく生まれたかった・・・。

じゃなくて、 それはもう不便なんです。しかも、目だけじゃありません。舌の3分の2に味覚障害がありました。味がしないんです。梅干しを食べたって味覚障害のある部分ではなんの味も感じられない。あの味の濃い食べ物がですよ!3分の1は感じられるからどってことないと思うじゃないですか。でも、かなり大きいんです。食べ物が美味しくない。食欲が湧いてこないんです。

その上、舌の動きが鈍いせいなのか、頰の筋肉が麻痺しているせいなのかはよく知りませんが、食べ物が歯と頰の間にどんどん溜まってしまってうまく噛めないんです。しかもすぐに頰の肉も噛みそうになってしまう。ご飯を美味しく食べられないから余計に気が滅入る。最初の2日間ほどは耳の下も痛いし辛かったです。

ですが、悪いことがあればいいこともあるもの。入院中いいことだってありました。長くなったので次回へ。 
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前回の続き

耳の下のあたりの痛みと発熱があった翌日、急に口をしっかりと閉じることが難しくなってた私。そういえば目も閉じにくいような・・・。無題62
 でも呑気な性格なので、ちょっと疲れているだけだろうと思っていました。夫の強い勧めがなければ、もっと悪化するまでそのままにしていたに違いありません。

夫「絶対におかしいよ。病院に行ってきなって。」
私「疲れてるだけじゃないかな。それにお盆だから病院あいていないし。」
夫「そんなこと言ってないで、とりあえず出産の時にお世話になった病院に電話してみなって。」

しぶしぶ電話をしてみました。
私「あの、今日はやっぱり病院休みですよね?」
病院の人「はい、そうですね。○日まで休みです。」
私「そうですか。ありがとうございます。」

私「やっぱり休みだって。」
夫「当たり前じゃん。そんなこと言うために電話したの?もう一度電話して症状言ってみなよ。」

本当にできた夫です。もう一度電話し直して症状を伝えると、休日だけれども見てくれることになりました 。どうも左側のの顔が麻痺しているみたいだと伝えたので、脳梗塞などもっと重篤な病気の可能性があったからでしょう。
とにかく、私は病院へと向かいました。まあちょこっと薬をもらって 終わりだろうと呑気なことを思いながら。まさか、それが10日間も入院することになるなんて思ってもみませんでした。
病院では耳鼻科で両目の涙の量をはかったり、鼓膜の検査をしたりなどしました。通院治療をお願いもしてみたのですが、ステロイドの点滴が強すぎるので入院が必要とのことでした。(病院によって方針は違うようです。)

可哀想なのは子どもたち。 
当時は8ヶ月の娘と4歳の息子がいましたが、やむを得ません。お盆休みの期間中は主人が子どもたちを見て、そのあとは私の母が見ることになりました。

ゲンキンなもので、入院が決まって病院へ入ると、私の心は上向いていました。
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なにせ、毎日育児に明け暮れていたものだから、読書に勉強、刺繍に睡眠。この後に訪れる恐怖の麻痺も知らずに、なんでも好きなことを好きな時間にできる喜びに満ちていたのでした。この後、恐ろしい事態になるとも知らずに。

次回へ続きます
 
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はじめに
顔面神経麻痺とは 、ウィルスなどが原因で顔の筋肉を動かす神経が損傷して
顔の片側が麻痺してしまう病気です。
ウィルスなどが原因なこともあるけれど、不明なことも多く、
早めにステロイドを投与することで予後が良くなるとされています。

 
あれは私が三十路を超えてわりとすぐのこと。
娘が8カ月の時、ちょうどお盆の頃でした。 

あの頃の夫は仕事がとても忙しく、平日の帰りは日付が変わってから。
土日どちらも出勤なんて週もあるくらい。
それでも私は元気なつもりでいたし、実際、8カ月の娘と4歳の息子を連れて
博物館やら水遊びやらと精力的に出かけていたのでした。 
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確かに、ほんの少しだけ疲れてはいました。
夜中にクーラーが寒すぎても毛布を出してくる気力が湧いてこなくて、
それがいけなかったんじゃないかと思います。

始まりはほんのちょっとした違和感でした。
お昼にラーメンを食べた時に、舌の左側の感覚が鈍いような気がしたんです。
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その時は熱いものでも食べたっけくらいに思ってましたが、それが顔面神経麻痺の初期症状だったのです。
その夜、私は左耳の下のあたりがものすごく痛く、熱も少し出ました。
風邪だと思って、痛む耳の下のあたりに冷えピタを貼って寝ました。
まあ、ゆっくり寝れば治るだろうとばかり思っていたんです。

ところが翌日、歯を磨いてうがいをしようとしてびっくり!
口を閉じているはずなのにピューって水が吹き出ちゃうんです。
気持ちをおちつけてやってみても同じことでした。
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試しにコップでお茶を飲んだりもしてみたのですが、なんとこれも出来ない。
左側の唇がうまく閉まらずにお茶がどんどんこぼれ落ちます。
これはいよいよおかしい。とはいえ、お盆中のこと、病院はやっていませんでした。

長いので続きます。
 
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